高校時代のインターハイ2連覇から始まり、関東インカレ3冠、北海道マラソン優勝、札幌国際ハーフマラソン3回優勝など、名だたる大会で輝かしい実績を残したトップランナー“サイラス・ジュイ”選手。ケニアから来日して20年目を迎えた今、サイラス選手はプロランナーとして走り続けながら“指導者”としても活躍の幅を広げている。

様々な角度からランニングに携わり、“走ることは人生の幸せ”と語るサイラス。彼が歩んできた道のりに迫りつつ、サイラス選手自身が愛用者であり“タイムを狙う選手たちに本気のレースで使ってほしい”と太鼓判を押したクールノットへの想いを聞いた。

同郷のスター“ポール・テルガト”の走りに憧れを抱いた少年時代

トラック競技やマラソンで圧倒的な強さを見せるケニア人ランナー達。強さの秘訣はその練習環境にある。標高2000m、アップダウンの多い未舗装の土道、クロスカントリーさながらの過酷なロードで彼らは日々練習に励んでいる。タフなトレーニング環境から誕生したランナー達は数多くの世界記録を打ち立て、「マラソン大国ケニア」の地位を確立した。

サイラス選手が陸上競技を始めたきっかけと話す“ポール・テルガト”もケニアを代表する世界最速ランナーのひとりだ。

「私がまだ幼かったころ、世界クロスカントリー選手権で5連覇の偉業を成し遂げたテルガト選手の走りを見て衝撃を受けました。同時に“自分がテルガト選手のように走ったらどうなるのだろうか”と想像しとてもワクワクしたのです。テルガト選手が出場するケニア国内のレースには足を運び、生の走りを目に焼き付けました。海外のレースは欠かさずテレビで観戦していましたね。」

“自分もテルガト選手のように走りたい“。少年時代に夢を与えてくれた憧れの存在との出会いをきっかけに、サイラスは6歳からトレーニングを始めた。

異国の地・日本での挑戦を支えた父の言葉

2002年、サイラス選手は流通経済大学付属柏高校への進学を機に日本へ活動の拠点を移した。高校1年生にしてインターハイ3000MSCで優勝するなど順調に思われた日本での競技生活。しかし、異国の地で“やっていける”と思えるまでの道のりは決して平坦なものではなかったという。

「高校進学を機に来日した当時、わたしは15歳でした。初めて親元を離れて一人で生活をするというストレスに加え、“言葉の壁”にはとても悩みました。英語しか話せない私が日本人とコミュニケーションをとるのは大変なことでした。日常生活はもちろんですが、自分のやりたい練習を顧問の先生に伝えることが出来ないのは最も辛かったです。毎日泣いていましたね。」

周囲とコミュニケーションが取れない日本での生活に限界を感じ、一度はケニアに帰国したサイラス選手。自身の感じている辛さを全て父親に伝え、“日本にはもう戻らない”とまで打ち明けた。しかし、傷心の彼に父親が贈った言葉は慰めではなく叱咤激励だったという。

「もう日本には帰りたくないと嘆くわたしに父は、“何を言っているの?早く日本に戻りなさい”と言いました。“自分の選んだ道が上手くいくように、上手くいかない原因を考えて頑張りなさい”と。そこからは口も聞いてもらえず、父は突き放した態度でわたしに接しました。しかし、日本へ帰国する別れ際、“もっと日本語を勉強して話せるようになれば大丈夫。サイラスの側には友達がたくさんいるからね”と言ったのです。」

一時帰国で父から贈られた厳しくも温かい言葉がその後の日本での競技生活を支えた。

「父の言葉をきっかけに、わたしが一番努力しないといけないのは日本語の習得だと気づくことが出来ました。わたしが日本語を話せるようになれば日本人とコミュニケーションが取れます。それで全てうまくいくと気づけたのです。」

前向きな気持ちで日本語の習得に励むサイラスを、一緒に生活する寮生達が支えた高校時代。まさに父から贈られた言葉のとおり、サイラス選手自身の努力と友人達の存在が、異国の地日本での挑戦を続けるためのカギとなった。

指導者として生徒たちを引っ張り・伸ばす“サイラス練”

流通経済大学柏付属柏高校時代にはインターハイ3000mSCで2連覇を達成。その後流通経済大学へ進学し関東インカレ3冠、実業団時代には北海道マラソン優勝、札幌国際ハーフマラソンで3回の優勝などランナーとして輝かしい実績を誇るサイラス選手。

現役引退後の2019年には明治学院大学距離部門のコーチに就任。自身が主宰するランニングスクールでは100人以上の生徒を指導するなど“指導者”としても活躍している。

「わたしの主宰するランニングスクールで主に行っているのは、生徒たちを人力で引っ張る“ペースメイク”という練習方法です。わたしのペースメイクによって“タイムが上がった!”とたくさんの生徒達から喜びの声を聞けることは指導者として大きなやりがいです。」

サイラス選手は現役時代、東京マラソンの予選会記録や日本記録を狙うレースでペースメーカーを行った経験を持つ。初心者から日本記録を狙うトップランナーまで、自身の走りで引っ張り、技術を伝えることが出来るのはサイラス選手だからこそ。通称“サイラス練”と呼ばれる指導方法は、多くのランナーから支持を集めている。

関連リンク:サイラス練: KPMRA ≫

クールノットは“タイムを狙う選手たちが本気のレースで使える靴紐”

サイラス選手自身が愛用者であり、自身の練習会などで度々紹介するアイテムの1つに“結ばない靴紐クールノット”がある。「もう、結ばなくていい」というキャッチフレーズのとおり、こぶで締め具合を微調整する構造で、靴紐を結ぶ必要もほどける心配もない優れもの。日常のランニングシーンを中心に、ランナー達からもじわじわと支持を集めるクールノットの魅力を“プロランナーの目線”で語ってもらった。

「わたしも、わたしの子供達も家族で愛用しています。まず1番に履きやすくストレスが溜まらないのが魅力です。靴紐を結ぶことが出来ない子供達が靴を楽に履くことができますし、靴紐がほどけて怪我をする心配がなくなりました。」

子供を持つ父親の立場からクールノットを絶賛しつつ、プロランナーが選ぶ“勝負道具”としても太鼓判を押す。

「本気のトラックレースでスパイクにクールノットを着用して走ってみたらとても良かったんです。靴紐が緩まない・ほどけない点はもちろんですが、試合前の靴の脱ぎ履きがノンストレスでした。本気のレースでは、たいていの選手が冷えを防ぐためにスタート直前までズボンをはいています。レースの始まりを告げるコールとともに急いでズボンを脱ぐのですが、ズボンを脱ぐためにはまず靴紐を外して靴を脱ぎ、さらに脱いだ靴を履き直す必要があるんです。レース直前の緊迫した雰囲気の中で、靴の脱ぎ履きでもたつくのは大きなストレスでした。スムーズに脱ぎ履き出来るのに、靴紐をしっかりと縛った時と同様の安定した着用感は見事です。またどれだけ入念に靴紐を縛っていても、走り出す直前には、“ほどけないように”と靴紐を結びなおすのがルーティーンだという選手も多いはずです。レース前の不安やストレスを軽減させるクールノットは、ランナーにとって新しく有能であると感じています。」

新鋭のアイテムも積極的に取り入れる、良いものは自ら発信し広めていく。ランニングに対する飽くなき探求心はテルガトの走りに憧れて陸上競技を始めた少年時代から変わっていない。2022年、進化し続けるサイラス選手の活躍が楽しみだ。